ふるさと鰐淵の紹介

トップページにもどる                自然と歴史にあふれた校区「鰐淵」を紹介します


「鰐淵」の4つの町
 鰐淵地区は、出雲市東部の日本海沿岸に位置し、集落は海岸部 の河下町、猪目町、山間部の唐川町、別所町に大別され、山村的な色彩が強いと共に一部には漁村地域を含んでいる。
十六島(うっぷるい)湾 鰐淵寺と階段 唐川の茶畑
河下・十六島湾 別所・鰐淵寺 唐川・茶畑 猪目海岸

自然・歴史・産業


  別所町には、推古2年(594年)の開創といわれる鰐淵寺があり、文化財や行事等に歴史の重みを感じ取ることができます。毎年秋の紅葉の名所としても有名です。河下町に伝わる河下盆踊りは、鰐淵寺南院の僧、頼源が一山の僧徒を集め、念仏踊りをしたのがその起源であるといわれています。また、慶長のはじめ念仏踊りの一座を率いて京に上った出雲阿国が、この踊りの手を基礎として歌舞伎を編み出したとも伝えられています。

  河下町には、松江藩の経営により銀・銅を採掘していた金山(かなやま)銅山がありました。明治末に銅鉱・亜鉛鉱の採掘が盛んとなり、後野では石膏鉱山が操業を始めました。昭和30年には、石膏の生産量は3万トンを超え、全国生産量の4分の1を占めるほどでした。セメント原料として山陽・九州方面のセメント工場に送り出されていましたが、昭和53年には輸入原料と競合できず、閉山に至りました。石膏の積出港として河下港が整備されましたが、鉱山の閉山後は砕石の積出しが行われています。また河下町の中心を流れる唐川川は、平成4年から始まった稚魚の放流により、サケの遡上が見られるようになり、「サケの帰る川」としても有名である。

  唐川町では、明治12年から本格的に茶の栽培が始まり、現在は標高100mから200mの山腹緩斜面は一面に茶畑となっており、唐川製茶工場で製造される茶は「唐川茶」として出荷されています。後野権現谷の山中にある韓竃(からかま)神社には、銅鉱採掘跡地の形跡があります。韓竈神社は「岩船」伝説でも知られています。この「大岩」は新羅から植林法や鉄器文化を伝えられるときに、素戔嗚尊が取られた船であると言われています。 

 猪目町には、鰐淵小学校猪目分校がありました。平成25年3月末で閉校となったことに伴い、鰐淵小の校区となのました。猪目湾の西側にある猪目洞窟では、縄文時代から弥生時代にかけての埋葬と生活の遺跡が発掘されている。出雲国風土記では「黄泉の国」と記されている。また毎年初夏になると、町の中心を流れる猪目川に鳥の声のようなカジカガエルの鳴き声が響きわたります。海のすぐ近くまでカジカガエルが生息している川は全国でもめずらしく、平成元年に環境庁より「ふるさといきものの里」に指定されています。
 
有名ないろはもみじ 唐川川
鰐淵寺のもみじ 河下盆踊り 唐川川 サケの遡上
広がる茶畑  からかま神社    
写真をクリックすると鳴き声が聞こえます
 唐川の茶畑  韓竃(からかま)神社 猪目洞窟  猪目川 のカジカガエル